高はしがくしゅう塾ブログ

塾長のブログです

家なき子ならぬ知恵なき子

「一度しかない人生だから子供の思いを叶えてあげたい」と、真面目に語る親が多いらしい。物分りのいい、愛情に満ちたすばらしい親のように思われるが、果たしてどうだろうか。子供の進路や将来への希望が間違っているとすれば、実は前述の親の言は間違いを追認し、何もしないという姿勢以外の何物でもない。親の責任とはそんなものではないと私は思っているので、違和感を感じるばかりである。大丈夫かな?

子供たちに将来どんな職業に就きたいかを聞いてみた。保母さん。看護師。先生、そして親の職業など今まで自分の周りにいた人たちの範囲である。昔はいろいろな子供たちがいたものである。パイロットとか医師とか新聞記者とか外交官とか、様々であった。比較すれば、今の子供たちが、隔離された小さい世界の中で、物事を夢想することもなく、平板な日々を送っていることが見えてこよう。便利になった世の中が彼らから想像力を奪ってしまい、その結果彼らは感動すらない世界を機械的に生きているように思われる。彼らの笑いはせつな的でさえある。

さて、そんな彼らが受験勉強に取り組むとどうなるか。まず、答えを覚えようとする。次に自分の好きな科目、解ける問題をやろうとする。解ける問題は本来しなくてもいいはずだが、彼らには、考えることが苦痛でしょうがないのである。実力がつくまで、何ヶ月か解法のシステムを考え、一歩一歩坂道を登るように耐えて学習するのが苦手なのである。逃げ道を考える生徒もいるかもしれない。厳しい将来になるかもしれない。残念なことである。

ゲーム、スマホSNS。便利さが子供たちから知恵を奪ったのかもしれない。家なき子ならぬ知恵なき子である。しかし、まだ間に合うのである。親が子供の真の姿に真摯に向き合い構造的な弱点をともに克服しょうという姿勢さえあれば何とかなるものである。親子とはそういうものだ。期待したいものである。